昔のオトコ .................................................................................作者:はぎ SILVER ICE FLOE
―あっ・・・・―
声が出そうになるのを慌てて手で押さえる。
最初に見たのは背中だった。
それでも直ぐにわかった。
―あの子・・・いや、あの人だ―
随分昔・・・(それでも、3,4年くらい前だと思う)に付き合った人。
好きで、好きで。この人しか居ないと思っていたのに別れた人。
こんな・・・・場所で会うだなんて。
いつも乗っている電車なのに。
どうして今まで気がつかなかったんだろう・・・・・・。
でも・・・どうしてここに?
ここは東京で。
彼のホームは関西のはずだ。
たしか、もう卒業したはずだ。と言う事は、こちらに就職したのだろうか。
帰りたがっていたようだったのに・・・・こちらにずっと居たいと思う・・・・誰か・・・を・・・捕まえたのだろうか・・・・・私の後に・・・・・。
・・・・・。
そこまで思って、クスリと笑った。
何を勘違いしてたんだか。
付き合ってた・・・事なんて・・・一度もない。
あの時だって・・・最初に会った時だって言われたじゃない。
―俺、好きなんおるで―
自分の手を取っておきながら、あんなにはっきりと言われて。
腹が立つよりも、それでも隣にいたいと思った自分は・・・・若かったのかもしれない。
ただ・・・・・隣にいたかった。
それは・・・・・今も・・・・心の底に残っている。
けれど・・・・もう傷つくには・・・・・あの頃よりも・・・・歳を重ねてしまっていた・・・・。
あの時・・・・・出会った時。
私は彼の何も知らなかった。
全然気が向かないコンパの席で、遅れてきた年下の関西系の子・・・・それが彼だった。
皆の目当ては最初から彼だったらしいけれど、何故か彼は私の手を取って帰った。
大きな手が、とても力強くて。とても年下には思えなかった。
―あんたん目ぇだけまともやったわ―
私を連れ出した彼はそう笑って言った。
その人懐こい笑顔に、再度私は恋をした。
好きな人がいると言われても。手を取られて舞い上がっていた私には関係なかった。
その人よりも、今この手を取られた自分を好きになってもらう根拠のない自信が有った。
今、この人を一番好きなのは自分で、幸せに出来るのも自分しかいないと思った。
たかだか会って3,4時間しか経っていなかったのに。
私は彼にめろめろだった。
電車に揺られて。いつもは開く文庫本の文字を、私は追えてなかった。
どうしても目で追ってしまうのは隣の車両の・・・あの人。
ドアにもたれて外を見ているあの人の横顔は・・・・・・あの頃よりも厳しくなっていた。
たまに見せたあの表情の原因は、あの頃は学校の事だとばかり思っていた。
まさか彼が学生探偵をしていて警察の手伝いをしてただなんて、しかも大阪の警察の上層部の子息だったなんて・・・・そういうことに興味が無かったとはいえ、全く知らなかった。
―そんなとこが、よかってんけどなぁ―
初めて聞いた時、びっくりした私に彼は苦笑して言った。
それは私には嬉しいコトバだってけれど、その頃の彼にしたらちょっと私が重くなっていたのかもしれない。
初めは何も知らない私との空気が良かったのかもしれないが、段々と空気を読めない私に苛立ちを覚えていたのだろう。
今も・・・あの時と同じように。
きっと事件に関わっているのだろう。
厳しい表情はあの時のままで。
きっと・・・・「好きな人」も変わらずに・・・・・。
あの時言ったとおり、彼には「好きな人」が居て。
「好きな人」が常に一番で、私はそれ以下だった。
そしてそんな『日陰の身』という状況に、私は酔っていたのかもしれない。
悲劇のヒロインのようで、上手く行かない就職活動の言い訳にも使っていた。
―どうせ、私は日陰だし―
そうイヤミのように呟く私に、彼は眉をひそめた。
―誰が、何やのん―
そう言われる度に、日陰の身ですらないと言われているようで。私はより落ち込んだ。
それに彼の周りには、何時だって女の子がいて。
自分はその中の1人に過ぎなかった。
解っていたのに。
それでも、彼が自分の手を取ってくれたという部分にすがる様に、自分だけは特別だと思って。
困らせるような無茶も言ってみたりした。
それを突き放せない彼の優しさを、また勘違いして。
私はそばにいた。
誰よりも近くを熱望していた。
隣を一緒に歩くミライを見た。
そんな・・・夢を見ていた・・・・・。
本当に夢だった。
今なら言われなくてもわかるのだろうけれど。
あの頃の私は本当に夢の中だったらしく、彼のコトバや行動全てをいいように解釈していた。
彼の行動は優しさなんかではないのに。
煩い女を黙らせるための手段。
あの人には。
「好きな人」以外はどうでも良かった。
好きだったのは・・・夢中だったのは私だけ。
今考えれば、それ以外のなにものでもないと解るのに。あの頃の私は、好かれているととんでもない勘違いを・・・・・していた。
外を眺めていた彼の手に、いつの間にか携帯がもたれていた。
メールが着たのか、なにやら真剣に覗き込んでいる。
そして、一瞬。
ふ・・・・・と、柔らかい瞳をした。
あの頃もしていた、ちょっと遠くを見つめるように、誰かを思い出すような瞳。
私には・・・一度も向けられた事のない、瞳。
ぱちんと音がするように携帯を閉じて、彼は私に気がつかずまた外を見つめている。
そういえば。あの時・・・・・・・別れた・・・いえ・・・・会えなくなった最後の日のきっかけは、1つのコールだった。
夢の中に居た私には、彼の携帯は私から彼を取っていく嫌なもの以外の何物でもなかった。
便利で自分も使っているのに、それ以上にキライだった。
―電話に出ないで―
一度、そう言ってみた。自分と一緒の時には電源を切っていて欲しいと。でもそれは無理な注文だった。
考えたら警察からのコールもあっただろうし。「好きな人」からの電話だってあっただろう。
―あんな、それは無茶な注文やで―
苦笑しながらだってけれど、彼もはっきり言っていた。
それを悔しいと思って、ぽろぽろ泣いてしまった。今考えれば、なんてうざったいオンナなんだと思うけれど、そんなこと考える余裕なんて無くて。
ただどうしてこんなに好きなキモチが届かないんだろうと思うばかりだった。
携帯を取り上げて投げつけてしまった。でも、彼は何も言わず、ちょっとセツナそうな瞳で私を見ただけだった。そしてそれがなお私の気持ちを苛立たせた。
―手ぇ伸ばしても、手に入れられへんもんも・・・あるんやで・・・・―
ちょっとキツメの視線でそう言って。彼は部屋を出て行った。
そんな事があったあとだった。
ほとぼりが冷めた頃に、私はまた彼に連絡した。
―・・・ごめんなさい・・・・―
消え入るような声で言えば、彼はしょうがないと言う顔をして、大きな手で頭を撫でてくれた。
いつものように私の部屋で会い、彼が席を外している時に携帯が鳴った。
pipipipipip
無機質なその音が、やけに大きく聞こえた。
してはいけないと思いつつも、私の手は・・・・携帯へと伸びた。
躊躇していると、コールが切れた。
そっと開ければ
―工藤―
と名前が残っていた。
工藤・・・・・・・たぶん・・・彼の「好きな人」
何度か電話で話しているのを見たことがある。
彼の視線が・・・とても柔らかかった。
この人が・・・・・・・・。
見た事も無い人に、嫉妬していた。
きっと、凄くキレイなんだろう。
でも、多分私のほうが彼の事を好きなはず。
彼はきっと騙されているんだ。その外見に。
そんな黒い思いが後から後から沸いてきた。
じっと見ていれば、また電話が鳴った。
携帯を落としそうにびっくりした。
表示は『工藤』となっている。
してはいけないと思いつつも、私の手はボタンを押していた。
―・・・はっとり・・・?・・・・―
聞こえたのは。
キレイな女の人の声ではなくて。
ちょっとかすれたような・・・・・・・オトコノコの声・・・・。
―・・・は・・・とり・・・・・・・―
なんだか苦しそうな・・・声だった。
―き・・・こぇ・・・ない・・・・・・・・・はっと・・・り・・・・・―
聞いていられなくて。
私は電話を切ってしまった。
あの声はなんだったんだろう。
あの人が、『工藤』?
彼の好きな人?
オトコの・・・声だったのに・・・・何故?・・・・どうして・・・・?
ぐるぐると考えが回っていると、彼が戻ってきて。
私の手の中の携帯を見て、ため息をついた。
―なにしとるん・・・・自分・・・・―
心底、呆れたような声だった。
―あ・・・・で・・・んわ・・・が・・・・・―
とっさに言い繕えなくて、言ってしまった。
直ぐに後悔した。
彼が電話を取り上げて、リダイアルしたから。
―工藤!どこや!!―
切羽詰ったような声で、顔色も青くなっていく。
―直ぐ!行くさかいなっ!まっとれ!!―
身支度もそこそこに彼は脱兎のように飛び出して行った。
後から聞いた話で。
『工藤』は彼の親友で、同じように探偵をしているあの『工藤新一』(流石に私でも知っていた)で。
数年前から体の調子の悪い工藤君を、彼はとても大切にしていたのだと言う。
私が受けた電話は、その『工藤君』からのSOS信号で。
あの時放心状態の私が漏らさなければ・・・・もしかしたら・・・最悪の状態になっていたのかもしれない。
なんてことをしたんだろう
元が小心者の私は。もう、どういう顔をして彼に会えばいいのか解らなかった。
もともと私が連絡を取らなければ、会うことも無い関係だったから。
会わないようになるのは・・・・・簡単だった。
あれから、年月が流れて。
今こうやって背中を見るまで。私はあの思い出を押し込めていた。
そして全く違うタイプの人と一緒に歩く道を選んだ。
地味な毎日だったけれど。それなりに幸せだ。
それなのに。
それなのに・・・・・。
電車はゆっくりと減速した。
もう、目的の駅。
もっとゆっくりとその背中を見ていたかったけれど。
その思いを引き剥がすように降りた。
この駅は利用者が多い。
まぁ、この街の駅はどこでもそうなのだけれど。
一斉に降りる人達の中に、あの人を見た。
人波に逆らって、こちらの方に向かってくる。
きっと。
大丈夫。
忘れている。
そう解っていても、鼓動は大きくなっていく。
何事も無いまま、彼とすれ違おうとした瞬間
「えぇ女になったやないか」
あの頃よりちょっとだけ低い声で。
囁かれた。
「えっ!」
立ち尽くして、振り向けば。彼は人の波に消えようとしていた。
「へーちゃん!!」
あの頃の呼び名が、思わず口をついて出た。
立ち止まる私に急ぐ人がぶつかっていく。
急いで探したけれど、彼の姿はもう・・・見えなくなっていた。
さよなら。
大好きだった人。
私は踵を返して歩いた。
彼と、逆の方向へ。
「遅い!」
「堪忍なぁ〜・・・って、時間ぴったりのはずやけど?」
「・・・・・」
「自分が、はよ来ただけやろ・・・・もぉ、ほんまに工藤はかわえぇなぁ〜」
「可愛い言うなっ!」
「そない、俺に会いたかってん?・・・・・がっ・・・・・・痛いがな・・・」
「おめぇがへんなこと言うからだろっ!」
「変な事ちゃうで。ほんまの・・・・って、その直ぐ足でるんあかんって」
「止めるな!」
「いや、ごっつ痛いですから、クドウサン」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・なんだよ・・・・」
「・・・・・・好きやで・・・・・・・」
「・・・・・行くぞ」
「・・・・ほんまに・・・・かいらしすぎやわ」
'06/04/05
お題:おっとこ前の服部
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お題募集してたのでこれしかない!と応募したら、幸せな文章がついてきました。
太っ腹!
最後8行ほど台詞が続くのですが、わたしが恥ずかしいためご本人に許可を頂いて隠してみました。反転させれば見えます。
はぎさん、男前な服部をありがとうございました。
初めて読んだ時はメールだったと思うのですが(忘れるくらいダイブ前)転げ回ったものです。これよッこれこれッ男前ッ!
服部の出番なんて一瞬でもいいんです。おいしいとこをかっさらってってくだされば。ね。(東の空を見上げようと思ったら東に住んだはるのかどうかもわからない(御大が)あんまりヲタクじゃない相生でした)